釉薬を訪ねる旅:土と炎が紡ぎ出す陶芸の彩りに出会う
釉薬が織りなす陶芸の豊かな表情
陶芸作品を見た時、まず目に飛び込んでくるのは、その形とともに表面の色や質感ではないでしょうか。これらの表情を決定づける重要な要素の一つに「釉薬(ゆうやく)」があります。釉薬とは、陶磁器の素地の上に塗布して焼成することで、ガラス状になり表面を覆うものです。これにより、作品に様々な色、光沢、手触り、そして耐久性が生まれます。
同じ土を使って同じ形に成形しても、どのような釉薬を使うか、どのように焼成するかによって、作品の印象は全く変わります。釉薬の種類は非常に多く、その土地固有の土や灰を原料としたもの、人工的に調合されたものなど、様々です。そして、それぞれの釉薬が生まれる背景には、その土地の風土や歴史、そして先人たちの知恵と工夫があります。
旅先で陶芸作品に出会う際、作品の形や用途だけでなく、ぜひ釉薬にも注目してみてください。その釉薬の色や質感が、どのように土と結びつき、どのようにして生まれたのかを知ることは、作品への理解を深め、新たな創造性の刺激につながります。
釉薬を訪ねる旅の視点
釉薬に焦点を当てて旅をすることで、これまで気づかなかった陶芸の奥深さに触れることができます。旅の計画を立てる際に、以下のような視点を持ってみることをお勧めします。
- 特定の釉薬に強い産地を訪ねる: 例えば、鮮やかな緑の織部釉、柔らかい白の志野釉、深みのある黒の瀬戸黒釉で知られる美濃焼の産地(岐阜県東濃地方)を訪ねる。
- 天然の釉薬に触れる: 薪窯で焼成される際に、燃料の灰が作品に降りかかって自然にガラス化する「自然釉」が見られる産地(信楽や備前、丹波など)を訪ね、炎と灰が偶然に生み出す景色を鑑賞する。
- 多様な釉薬の作品が集まる美術館やギャラリーを訪ねる: 様々な産地や作家の作品を一度に見ることで、釉薬の多様性を比較し、その違いが作品に与える影響を感じ取る。
- 釉薬の原料となる土や灰、自然環境を知る: 旅先の自然環境がどのように陶芸の原料に影響を与えているかを感じる。
代表的な釉薬と関連する旅先の一例
ここでは、いくつかの代表的な釉薬を取り上げ、それらに出会える可能性のある旅先の一例をご紹介します。
美濃の釉薬:織部、志野、瀬戸黒
岐阜県東濃地方に位置する美濃焼の産地(多治見市、土岐市、瑞浪市など)は、独自の土と革新的な技術から生まれた多彩な釉薬で知られています。中でも、安土桃山時代に発展した「織部」「志野」「瀬戸黒」は非常に個性的です。
- 織部釉: 銅を含む釉薬を厚くかけることで生まれる、深みのある緑色が特徴です。大胆な文様や歪んだ形と組み合わされ、自由で斬新な表現を生み出しました。
- 志野釉: 長石を主成分とする釉薬で、厚くかけることで柔らかな乳白色になり、表面に小さな穴(ピンホール)や、焼成時の炎によって緋色(ひいろ)の斑点が現れることがあります。温かみのある風合いが魅力です。
- 瀬戸黒釉: 鉄釉をかけ、焼成の最後に窯から引き出して急冷することで、漆黒の美しい光沢が生まれます。「引き出し黒」とも呼ばれ、茶の湯の世界で珍重されました。
これらの釉薬の作品は、現地の美術館(例:多治見市美濃焼ミュージアム)や多くの窯元、ギャラリーで見ることができます。土岐市には、多くの窯元が集まるエリアもあり、それぞれの場所で個性豊かな釉薬の表情に触れることができるでしょう。
自然釉の魅力:信楽、備前、丹波
滋賀県の信楽焼、岡山県の備前焼、兵庫県の丹波立杭焼などは、伝統的な薪窯(登り窯など)で焼成される際に、窯の中で舞った燃料(薪)の灰が作品の表面に付着し、高温によって自然にガラス化してできる「自然釉」が見どころの一つです。
自然釉は、人工的に調合された釉薬とは異なり、窯の中での灰の降り方や炎の通り道、作品を置く位置などによって全く異なる景色が生まれます。緑がかったガラス質の流れや、ゴマを散らしたような灰の粒、土の色とのコントラストなど、一つとして同じものはありません。
これらの産地を訪れる際は、古い登り窯を見学できる施設(例:信楽陶芸村の登り窯、備前陶芸美術館、兵庫陶芸美術館)や、薪窯で焼成を行う窯元を訪ねてみるのがおすすめです。炎と灰が創り出す、偶発的でありながらも美しい自然の景色を感じ取ることができるでしょう。
色絵の華やかさ:有田、九谷、京焼
白磁の上に様々な色彩で絵付けをし、再度焼成する技法を「色絵」や「上絵付」と呼びます。この上絵付に使われるのが「上絵釉(うわえゆう)」と呼ばれる釉薬です。素地に直接かける釉薬とは異なり、顔料にガラス質の成分を混ぜて作られ、比較的低い温度で焼き付けられます。
佐賀県の有田焼、石川県の九谷焼、京都の京焼清水焼などは、この色絵付けが非常に発展した産地です。
- 有田焼: 透明感のある白磁に、赤、青、緑、黄などの鮮やかな色彩で、花鳥風月や幾何学文様などが繊細に描かれます。佐賀県有田町の九州陶磁文化館などで、その技術と美しさに触れることができます。
- 九谷焼: 「九谷五彩」と呼ばれる赤、黄、緑、紫、紺青の五色を基調とした、力強く華やかな絵付けが特徴です。石川県金沢市や加賀市の美術館などで、その独特の色彩感覚を堪能できます。
- 京焼清水焼: 都ならではの洗練された意匠と、多彩な釉薬や絵付け技法を組み合わせた華やかな作品が特徴です。京都の清水寺周辺の窯元やギャラリーを巡ると、現代に息づく京焼の豊かな色彩に出会えます。
これらの産地では、美術館や老舗の窯元だけでなく、絵付け体験ができる工房もあり、上絵付の世界に触れることができます。
旅の先で釉薬を知る
今回ご紹介した以外にも、日本各地のやきもの産地には、その土地独自の土や歴史、技術から生まれた様々な釉薬が存在します。瑠璃のように深い青、柿のような赤茶色、マットな質感、光沢のある質感など、釉薬がもたらす表情は無限大です。
旅先で陶芸作品に出会った際には、ぜひその表面の色や質感をじっくりと観察してみてください。それがどのような釉薬なのか、どのような土や焼成方法から生まれたのかに思いを馳せることで、作品の背景にある物語や、作り手の意図、そしてその土地の風土を感じ取ることができるでしょう。
釉薬という視点を持つことで、いつもの旅がさらに深みを増し、新たな創造性のインスピレーションに満ちた時間となることを願っています。