焼き締めを訪ねる旅:土と炎が生む、素朴で力強いやきものの世界へ
焼き締めの世界へ:土と炎の対話が宿るやきもの
美術、工芸、デザインなど、創造的な分野に関心を持つ方にとって、旅は新たな発見とインスピレーションの宝庫となり得ます。中でも、古くから日本の暮らしに寄り添ってきたやきものは、その土地の土や風土、そして職人の手仕事の哲学が色濃く反映されており、多くの学びを与えてくれます。今回は、やきものの中でも特に、土と炎の力強い表現が魅力である「焼き締め」の世界を探る旅へとご案内します。
焼き締めとは、うわぐすり(釉薬)を施さずに、高温で長時間焼き締めることで、土そのものの色や質感、窯の中で薪の灰がかかることで生まれる自然の釉(自然釉)などを景色として表現する技法です。簡素でありながらも力強く、同じ窯で焼いても二つとして同じものができない偶然性と必然性が同居する美しさが魅力です。
この焼き締めの技法は、日本のやきものの原点とも言える姿であり、備前、信楽、伊賀、丹波、越前など、日本六古窯と呼ばれる古い産地の多くで古くから行われてきました。これらの産地を訪れることは、土と炎の原始的な対話に触れ、作品に宿る自然の力を感じ取る貴重な機会となるでしょう。
土と炎が生む景色:焼き締めの技法と魅力
焼き締めのやきものは、化粧土や釉薬で表面を装飾する代わりに、土そのものの性質と、窯の中で起こる化学反応によって生まれる景色を最大の魅力とします。主な技法や特徴として、以下のような点が挙げられます。
- 土味(つちあじ): 釉薬がないため、土の色、粒子の粗さ、焼き上げた時の質感がそのまま作品の表情となります。産地ごとに異なる土の個性がストレートに現れます。
- 緋色(ひいろ): 炎の当たり方や酸素の状態によって、作品の表面に現れる赤褐色や橙色の模様です。酸化によって生まれる自然の発色です。
- 胡麻(ごま): 焼成中に薪の灰が降りかかり、溶けて粒状または流れ落ちるように付着したものです。焼き胡麻とも呼ばれ、その様子が胡麻を散らしたように見えることから名付けられました。
- 桟切り(さんぎり): 窯の中で作品の一部が積み重ねた他の作品などに覆われ、酸素が十分に供給されない場所で焼かれることで生まれる、灰色や黒っぽい景色です。還元焼成によって生まれます。
- 牡丹餅(ぼたもち): 作品の表面に他の作品の破片などを置いて焼くことで、そこに灰がかからず、あるいは温度が上がりにくいために、その部分だけ景色が変わる模様です。置いたものが丸いと牡丹餅のように見えることから名付けられました。
- 自然釉(しぜんゆう): 焼成中に大量の薪を燃やすことで舞い上がった灰が、作品の表面に降り積もり、高温によって溶けてガラス質になったものです。人工的な釉薬とは異なり、流れ方や厚みは偶然に左右され、豊かな表情を生み出します。特に、信楽焼や伊賀焼に見られる、青緑色に流れる自然釉は「ビードロ釉」とも呼ばれます。
これらの景色は、窯の種類(登り窯、穴窯など)や焼成時間、薪の種類、窯詰め方法など、様々な要因が複雑に絡み合って生まれます。同じ条件で焼いても全く同じ結果にはならず、そこに焼き締めの面白さと奥深さがあります。
焼き締めの代表的な産地を巡る旅
日帰りや一泊程度の週末旅行で訪れることができる、焼き締めで知られる代表的な産地をいくつかご紹介します。それぞれの土地の風土と、そこで育まれた焼き締めの特徴に触れる旅は、きっと新たなインスピレーションを与えてくれるでしょう。
岡山県備前市:千年の歴史を持つ備前焼の里へ
備前焼は、日本六古窯の中でも特に古くから焼き締め一筋で続いてきた産地として知られます。釉薬を一切使わず、「田土(ひので)」と呼ばれる鉄分を多く含む地元の土を使い、登り窯で長時間かけて焼き締めます。
備前焼の魅力は、土に含まれる鉄分と窯変(ようへん)によって生まれる多様な景色にあります。緋色、胡麻、桟切り、牡丹餅といった自然の力によって生まれる模様は、素朴ながらも力強い存在感を放ちます。また、備前焼の器は使い込むほどに味わいが増すことでも知られています。
備前を訪れるなら、伊部(いんべ)地区を中心に多くの窯元が点在しています。窯元によっては、作品を見学したり、作家の方から直接話を聞いたりすることも可能です(事前に連絡や予約が必要な場合が多いです)。備前陶芸美術館では、古備前から現代備前まで、幅広い時代の作品が展示されており、焼き締めの歴史と変遷を学ぶことができます。また、備前焼の体験施設で土に触れてみるのも良い経験となるでしょう。
滋賀県甲賀市信楽町:土と炎が織りなす豊かな表情、信楽焼
信楽焼も日本六古窯の一つであり、古くから茶陶や日用雑器、そして大きな狸の置物まで、幅広い焼きものが作られてきました。信楽の土は、耐火性が高く、可塑性があり、粗い珪石の粒が含まれているのが特徴です。この粗さが、焼き上げた時に素朴で味わい深い表情を生み出します。
信楽焼の焼き締めには、土肌の荒々しさと、登り窯や穴窯で焼成する際に生まれる緋色や、特に青緑色に流れる美しい自然釉(ビードロ釉)が見どころです。炎の当たり方や灰の降り方によって、作品ごとに異なる景色が生まれます。
信楽を旅するなら、滋賀県立陶芸の森は必見です。広大な敷地内に美術館や陶芸研修館があり、国内外の陶芸作品の鑑賞や、信楽焼の歴史、技法について学ぶことができます。また、陶芸体験施設も充実しており、信楽の土に触れることができます。信楽町内には多くの窯元やギャラリーが点在しており、散策しながら個性豊かな作品を探すのも楽しい時間です。
三重県伊賀市:侘び寂びの世界、伊賀焼
伊賀焼も日本六古窯の一つで、古くから信楽と地理的に近く、共通する特徴を持ちながらも、独自の発展を遂げてきました。特に桃山時代には茶陶として珍重され、荒々しい土味と美しい自然釉、力強い造形が「破格の美」として茶人に愛されました。
伊賀の土も信楽と同様に粗い珪石を含み、耐火性に優れています。焼き締めによって生まれる特徴的な景色は、青緑色のビードロ釉、そして窯の中で炭化することで生まれる黒褐色の焦げ付きです。これらの景色が、茶碗や花入などに独特の侘び寂びの趣を与えています。
伊賀焼を訪れるなら、伊賀市丸柱地区に窯元が多く集まっています。伊賀焼伝統産業会館では、伊賀焼の歴史や技法、作家の作品に触れることができます。また、伊賀の里モクモク手づくりファーム内にある伊賀焼の窯では、作品展示や販売が行われていることもあります。伊賀の自然豊かな景色も、作品が生まれた背景を理解する手助けとなるでしょう。
旅で得る創造性のヒント
焼き締めの産地を巡る旅は、単に美しい作品を鑑賞するだけでなく、自身の創作活動への深い示唆を与えてくれます。
- 土と向き合う: 各地の土が持つ個性や表情の違いを感じることで、素材に対する理解が深まります。土そのものが持つ力強さや美しさをどのように引き出すか、という視点を得られるでしょう。
- 炎の力を学ぶ: 窯の中で起こる予測不能な変化が、作品に偶発的な美しさをもたらします。コントロールできない自然の力と、それをある程度操ろうとする人間の技術との関係性から、創作における「意図」と「偶然」のバランスについて考えさせられます。
- 自然との調和: 焼き締めのやきものは、その土地の土や薪、そして自然の炎によって生まれます。産地の風景や環境に触れることで、作品が生まれた背景にある自然との繋がりを感じ取ることができます。これは、自身の作品と周囲の環境との関係性を見つめ直すきっかけにもなります。
- 用の美と向き合う: 焼き締めの器は、飾るだけでなく、使うことでその魅力が増すと言われます。実際に手に取ったり、食事に使ったりすることで、日々の暮らしの中で生かされる工芸品の役割や「用の美」について深く考えることができます。
焼き締めを巡る旅は、土と炎、そして自然という根源的な要素に触れることで、私たちの中に眠るプリミティブな創造性を刺激してくれます。作品に宿る素朴で力強いエネルギーを感じながら、自身の制作への新たなヒントを見つけてみてはいかがでしょうか。