陶芸の源流「土」を知る旅:産地の風土が宿る土の表情を巡る
陶芸作品に触れるとき、その形や色、手触りから様々なインスピレーションを感じ取ることができます。作品が持つ独特の風合いは、作り手の技術や意図はもちろんですが、使われている「土」の種類や性質、そしてその土が育まれた土地の風土にも深く根ざしています。
土は陶芸の源流であり、作品の個性を決定づける最も重要な要素の一つです。日本各地には、それぞれに独自の性質を持つ多様な土が存在し、それがその土地ならではのやきものを生み出す基盤となっています。旅を通じて、こうした土の産地を訪ね、土そのものや、土から生まれるやきもの、そしてその土地の自然環境に触れることは、創造性を刺激する貴重な体験となるでしょう。
土が作品に語りかけること
陶芸に使われる土は、主に粘土鉱物を主成分とし、長石や石英などの非粘土鉱物、鉄分などが含まれています。これらの成分の割合や粒子の大きさ、粘り気などが、土の性質を決めます。例えば、鉄分が多い土は焼成すると赤みを帯びた色になりやすく、粒子の粗い土は素朴でざっくりとした風合いになります。また、特定の成分が多い土は、高温で焼成した際に溶けてガラス質になったり、独特の表情を生み出したりします。
土の性質は、その土が長い年月をかけて堆積し、風化してきた土地の地質や気候、地形といった風土に深く関わっています。そのため、同じ日本国内であっても、産地が異なれば土の性質も大きく異なります。この土の多様性が、日本各地の陶芸産地がそれぞれ異なる発展を遂げ、個性豊かなやきものを生み出してきた背景にあるのです。
日本各地の多様な土と風土を訪ねる
日帰りや週末の旅で訪れることができる国内の陶芸産地の中から、土の個性が際立ついくつかの地域をご紹介しましょう。
信楽(滋賀県)
信楽の土は、古琵琶湖層から採取される粘土が主体です。この土はカンス(蛙目粘土)や木節粘土などが混ざっており、比較的粗い粒子と高い耐火性を持つのが特徴です。焼成すると素地がざっくりとした風合いになり、特に登り窯などで焼いた際には、土に含まれる長石の粒が溶けて表面に白い斑点(石はぜ)が現れたり、燃料となる薪の灰が降りかかって自然釉(ビードロ)になったり、炎の当たり方によって緋色や焦げ付き(焦げ)が生じたりと、豊かな景色を見せます。
信楽の里を歩くと、周囲の丘陵地帯から採取される土が、どのようにしてあの温かみのある作品に変わるのかを感じ取ることができます。信楽陶芸の森などの施設では、信楽の土に関する展示を見たり、ろくろ体験などで実際に土に触れたりする機会もあります。周囲の自然の風景と作品の素朴な風合いを結びつけて考えてみるのも良いでしょう。
備前(岡山県)
備前焼に使われる土は「田土(ひよせ)」と呼ばれ、田んぼの底深くから採取される粘土が主体です。この田土は鉄分を非常に多く含んでおり、これを釉薬を使わずに高温で長時間焼き締めるのが備前焼の最大の特徴です。焼成中に土に含まれる鉄分が反応し、土本来の色である茶褐色を基調としながらも、薪の燃え方や窯の中での位置によって「ゴマ」「桟切り(さんぎり)」「緋襷(ひだすき)」など、様々な自然の模様が生まれます。
備前の里は、吉井川沿いの平野部と山々が連なる場所に位置します。かつては吉井川の氾濫によって運ばれた土が堆積したとも言われており、土と水、そして周囲の山から切り出される薪といった自然の恵みが、備前焼の力強い風合いを育んできました。資料館や窯元では、備前焼の土や焼成方法について学ぶことができます。
九谷(石川県)
九谷焼は、白く硬質な素地に鮮やかな上絵付けが施されるのが特徴です。この素地に使われるのは、主に石川県白峰周辺で産出される「陶石」です。陶石は、長石や石英を多く含む花崗岩が風化してできたもので、これを粉砕し精製することで、純度の高い白い粘土が生まれます。この白い素地があるからこそ、九谷焼独特の色彩豊かな絵付けが映えるのです。
白峰の山々を訪れると、かつて九谷焼の原料となった陶石がどのように採掘されていたかを知ることができます。現在の九谷焼は他の地域の陶石も使用しますが、九谷の地に根ざした陶石の存在が、あの華やかな美しさを生み出す礎となりました。九谷焼の美術館や窯元では、美しい絵付けの作品とともに、その白い素地を支える陶石の物語に触れることができるでしょう。
伊万里・有田(佐賀県)
日本の磁器の源流である伊万里・有田もまた、良質な陶石の産地です。特に有田の泉山で産出された泉山陶石は、白く焼き締まる性質を持ち、硬質で丈夫な磁器の素地に適していました。陶石を砕いて水簸(すいひ:水で混ぜて不純物を取り除く作業)を繰り返すことで、きめ細かく白い粘土が作られます。この白い素地に、呉須(ごす:コバルト顔料)による染付や、赤・緑・黄・紫・青などの色絵具で絵付けが施され、美しい磁器が生まれます。
泉山磁石場跡を訪れると、大規模な採掘の痕跡から、いかに多くの陶石がやきもの作りに使われてきたかを感じることができます。周囲の山々や、ろくろ成形や絵付けを行う職人たちの手仕事に触れることで、陶石からあの滑らかな肌合いを持つ磁器が生まれるまでの工程に思いを馳せることができるでしょう。
土との対話から生まれる創造性
旅先でその土地の土に触れ、それがどのようにやきものへと姿を変えるのかを知ることは、単なる知識の習得に留まりません。それぞれの土が持つ個性、それが生まれる自然環境、そしてその土を活かす人間の知恵と技術に触れることで、素材そのものへの理解が深まります。
陶芸をされている方であれば、ご自身が普段使っている土とは異なる土の性質を知ることで、新たな表現のヒントが得られるかもしれません。土の粗さや粘り、焼成時の変化といった物理的な特徴だけでなく、その土が育まれた土地の風景や歴史、そこに暮らす人々の営みといった、目には見えない要素もまた、作品に宿るインスピレーションの源となり得ます。
陶芸に限らず、染織における草木染めの原料となる植物や、木工に使われる木の素材など、自然素材を扱う他の工芸分野にも、同様に素材と風土の深い結びつきが見られます。旅を通じて様々な土地の自然や素材に触れることは、自身のクリエイティブな視野を広げ、新たな創造への活力を与えてくれるはずです。
土の表情を訪ねる旅は、作品の根幹にある素材と向き合い、その多様性と奥深さを知る機会です。それはきっと、あなたの創作の旅路において、新たな一歩を踏み出すきっかけとなるでしょう。