豊かな水が育む陶芸の里へ:水辺の窯元と出会う旅
陶芸を育む「水」の力:旅の視点
陶芸の素材は土と水、そして焼成のための炎が基本です。中でも水は、土の精製、練り、成形、釉薬作り、そして乾燥といったあらゆる工程に不可欠な存在です。また、清らかな水は豊かな森林を育み、薪窯で用いる燃料供給源ともなり得ます。このように、陶芸の営みは古来より水資源と密接に関わってきました。
水辺の産地を訪ねることは、単に美しい風景を楽しむだけでなく、その土地の自然環境がやきもの作りにどのように影響を与え、どのような個性や美意識を生み出してきたのかを肌で感じることにつながります。清流の音、川霧、豊かな緑など、五感を通じて感じる水辺の情景は、きっと新たな創造性のヒントを与えてくれるでしょう。
この旅では、水と深く関わる陶芸産地をいくつかご紹介し、その地ならではの水とやきもののつながりに焦点を当てます。
清流が支える土の精製:萩焼(山口県)
山口県萩市は、美しい日本海と、市街地を流れる松本川などの清流に恵まれた土地です。萩焼は、その柔らかな土味と釉薬による変化が魅力ですが、この特徴は清らかな水による土の精製過程に大きく支えられています。
萩焼で主に使われる土は、山から採取した原土を砕き、不純物を取り除くために水槽に沈めて上澄みを使う「水簸(すいひ)」という工程を経て作られます。この水簸には大量のきれいな水が必要です。松本川沿いに多くの窯元が立地しているのは、この水資源を利用するためでもあります。
萩焼の柔らかな風合いは、土だけでなく、焼成後の使い込むにつれて釉薬に細かいひび(貫入)が入り、そこに茶渋などが染み込んで色合いが変化する「七化け(ななばけ)」と呼ばれる現象にも現れます。これは、土の吸水性が関係しており、水とお茶という液体が器に生命を吹き込むかのようです。萩の清らかな水が育んだ土と技が、茶道の侘び寂びとも響き合う器を生み出しています。
萩の町並みを散策しながら、松本川のせせらぎを聞き、窯元を訪ねて土と水が一体となった制作現場の雰囲気を感じることは、やきものが自然と共にあることを改めて教えてくれます。
唐臼の音と水の恵み:小石原焼・小鹿田焼(福岡県)
福岡県の朝倉郡東峰村にある小石原焼と、その流れを汲む日田市の小鹿田焼(おんたやき)は、共に清流の力を利用した独特の土作りで知られています。
特に小鹿田焼では、川の水を堰き止め、その流れを利用して土を砕くための「唐臼(からうす)」が稼働しています。大きな木槌が一定のリズムで地面を打ちつける音は、産地の象徴的な風景であり、水の恵みが直接的に土作りに活かされている証です。この唐臼で丁寧に時間をかけて砕かれた土は、粘りがあり、独特の風合いのやきものとなります。
小石原焼や小鹿田焼の代表的な技法である「飛び鉋(とびかんな)」や「刷毛目(はけめ)」なども、土の性質と水の含み具合が仕上がりに影響します。清流の音を聞きながら、自然の力を借りた土作りを見学することは、現代の機械化された工程とは異なる、古くからの手仕事と自然との共生を感じさせてくれるでしょう。
これらの産地を訪れる際は、唐臼の音に耳を澄ませ、里山の清らかな空気と水の気配を感じてみてください。素朴でありながら力強い器に、土地の自然が宿っていることが感じられるはずです。
白磁を支える水資源:有田焼(佐賀県)
日本で初めて磁器が焼かれた佐賀県有田町は、透き通るような白さが特徴の有田焼の産地です。有田焼の原料となる磁土は、泉山や天草などで産出される陶石を砕いて作られますが、この陶石をきめ細かく粉砕し、不純物を取り除く過程で大量の清らかな水が使われます。
特に、白磁の白さを際立たせるためには、鉄分などの不純物を極力取り除く必要があり、水簸の工程が非常に重要になります。良質な水資源は、有田焼の「白」を維持するために欠かせない要素なのです。
また、江戸時代には内陸にある有田から、積出港である伊万里までやきものを運ぶために、川や海といった水運が重要な役割を果たしました。やきものが全国、そして海外へと流通していく上で、「水」は生産だけでなく物流においても重要なインフラでした。
有田を訪れる際は、泉山磁石場の壮大な景色を眺め、陶磁器専門の技術を学ぶ九州陶磁文化館などで、白磁の原料となる陶石や土作りの工程について学ぶことができます。水がどのように日本の磁器の歴史を支えてきたのか、その背景に思いを馳せてみるのも良いでしょう。
まとめ:水辺の旅から得るインスピレーション
土と炎に加えて、「水」という視点から陶芸産地を巡る旅は、やきものが自然環境と深く結びついていることを改めて認識させてくれます。清流の音が響く里山、水運で栄えた港町、そして白磁を支える水源地。それぞれの土地で水がやきものに与えた影響は異なり、それが各産地の個性となっています。
旅先で水辺の風景に触れ、土を精製する水、釉薬を溶く水、そして作品が吸い込む水など、様々な形で陶芸に関わる水の存在を感じることは、ご自身の制作活動においても、土や釉薬との向き合い方、そして自然素材への新たな気づきをもたらすかもしれません。ぜひ、次の旅の計画に「水」をキーワードとした陶芸産地訪問を加えてみてはいかがでしょうか。