炎の色を訪ねるやきものの旅:窯の中で生まれる色彩の奇跡
炎が紡ぎ出すやきものの色彩
陶芸作品の色や表情は、土や釉薬の種類、成形の技術だけでなく、炎によって大きく左右されます。窯の中で土が焼き締められ、釉薬が溶けてガラス質に変化する過程で、炎の色、温度、そして窯の中の酸素量などが複雑に作用し合い、予測不能な、あるいは意図された独特の色彩が生まれます。
やきものの世界において、炎は単なる熱源以上の存在です。それは、作品に命を吹き込み、偶発的な美をもたらす見えない手とも言えます。この炎の力を理解することは、やきものの奥深さを知る鍵となります。
この旅では、様々な窯の種類や焼成方法が、どのようにやきものの色彩に影響を与えるのかを探求します。炎の織りなす色彩の奇跡を訪ね、自身の創造活動へのインスピレーションを見つける旅へと誘います。
炎と色彩の関係性:酸化と還元の妙
やきものの色彩を理解する上で重要なのが、「酸化焼成」と「還元焼成」という概念です。これは、焼成中に窯の中に酸素が十分に供給されているか(酸化)、それとも酸素の供給が制限されているか(還元)によって分けられます。
- 酸化焼成: 窯の中に酸素が豊富にある状態で焼成します。炎の色は明るい黄色やオレンジ色になります。この状態では、土に含まれる鉄分は酸化鉄となり、赤褐色に発色しやすくなります。また、銅を使った釉薬は緑色に発色します。
- 還元焼成: 窯への空気(酸素)の供給を意図的に減らし、酸素が不十分な状態で焼成します。このとき、炎は酸素を奪おうと不安定になり、煙が出やすくなったり、炎の色がオレンジや赤みを帯びたりします。土や釉薬に含まれる金属酸化物は酸素を奪われ、本来とは異なる色に変化します。例えば、鉄分は青っぽい色(青磁など)、銅は赤色(辰砂など)に発色することがあります。
このように、炎の状態(酸素量)を変えるだけで、同じ土や釉薬でも全く異なる色合いが生まれるのです。
窯の種類と炎の表情
炎の性質は、使用する窯の種類によっても大きく異なります。
- 薪窯(登り窯・穴窯など): 薪を燃料とする窯です。大量の薪が燃えることで、強い炎の対流が生まれ、窯内の温度や雰囲気にムラが生じやすくなります。薪の灰が作品に降りかかって溶け、ガラス質の自然釉となったり、炎の当たり方や酸素の供給状況によって、予測不能な美しい「窯変(ようへん)」が生じたりします。薪の種類(松やクヌギなど)によっても灰の成分が異なり、色合いに影響を与えることがあります。薪窯で焼成された作品には、炎の勢いや灰の流れ、自然の力がそのまま宿っているような、野趣あふれる色合いや表情が見られます。備前焼、信楽焼、伊賀焼、越前焼、唐津焼など、多くの伝統的な産地で今も薪窯が使われています。
- ガス窯・電気窯: ガスや電気を熱源とする窯です。温度管理や窯内の酸素量の制御が比較的容易です。これにより、酸化焼成・還元焼成を計画的に行うことができ、狙った色合いを再現しやすくなります。現代的な作品や、精密な色彩表現を追求する際には、これらの窯が用いられることが多いです。
旅先で様々な窯元を訪れる際に、どのような窯を使っているのか、それが作品の色や表情にどう影響しているのかを尋ねてみるのも良いでしょう。
炎が生み出す色彩に出会える場所
炎の織りなす色彩に出会う旅は、様々な形で実現できます。
- 薪窯の産地を訪ねる:
- 備前(岡山県): 釉薬を使わず、薪窯の焼成だけで独特の緋色や桟切り、胡麻などの自然な色合いを生み出します。古い登り窯や窯元を見学できる場所があります。
- 信楽(滋賀県): 大物づくりと薪窯の長い歴史を持ちます。素朴な土味と、自然釉や窯変による変化に富んだ色合いが魅力です。窯元を訪ねて、大きな登り窯を見ることも可能です。
- 伊賀(三重県): 信楽と同様に薪窯による焼成が盛んで、焦げ付きや自然釉の景色に特徴があります。
- これらの産地では、炎の通り道や温度の違いによって生まれる、作品一つ一つの異なる表情を見比べることができます。
- 多様な釉薬と炎の関係を探る:
- 特定の釉薬が炎によってどう発色するかに関心があるなら、その釉薬が特徴的な産地を訪ねてみましょう。例えば、緑色の織部や緋色の志野で知られる美濃(岐阜県)、青磁や辰砂などが美しい有田(佐賀県)や京焼清水焼(京都府)などです。これらの産地では、炎と釉薬がどのように組み合わされて色彩が生まれるのか、作品を通じて感じることができます。
- 美術館や資料館では、時代や産地ごとに異なる焼成方法で生まれた様々な色のやきものを見ることができます。歴史的な名品に触れることで、炎が作品に与えた影響をより深く想像することができるでしょう。
- 現代の窯元や工房へ:
- 都市部や郊外にも、ガス窯や電気窯を使い、精密な温度・雰囲気制御で多様な色彩表現を追求する現代作家の工房があります。こうした場所では、計画的ながらも、やはり窯の中の炎との対話によって生まれる色彩の豊かさを見ることができます。
旅がひらく新たな視点
やきものの色彩を炎の視点から見る旅は、作品鑑賞や自身の創作活動に新たな視点をもたらしてくれます。作品に現れた色や模様が、窯の中でどのような炎と出会い、どのような物語を経て生まれたのかを想像することは、やきものの奥深さをさらに感じさせてくれます。
また、土と釉薬という素材に、自然の力である炎が加わることで、予測を超えた美が生まれるプロセスを知ることは、クリエイティブな発想のヒントにもなるでしょう。時には計算通りにいかない偶発性の中にこそ、ハッとするような発見や魅力があることを教えてくれるかもしれません。
次にやきものを見る際には、ぜひその色彩に「炎」の存在を感じてみてください。目に見えない炎の力が、作品にどのような表情を与えているのか、想像力を働かせることで、やきものの世界がより豊かに感じられることでしょう。